眠れ 眠れ
眠れ 眠れ

囁く声は静かに降り積もり。
そして私を沈めていった。





子守





紅蓮の炎が立ち上がる。
其れは私に向ってくるようで、少し、恐かった。

「フィーリア?」

その炎に臆すること無く手を翳している、彼女、プィルが私を覗き込む。
大丈夫、大丈夫だから。
少し、笑って見せた。

「寒いのか?」

より炎へ近づけようと、手を少し引っ張る。
やめて、燃えてしまう。

「大丈夫、あまりに光が強過ぎただけだから。」
「ならいいけど・・・。」

頭の上に疑問を乗せ、言葉をゆっくり咀嚼していく、プィル。
だけど其れは味が解る前に、喉を下っていってしまう。
結局、解りはしないのだと思う。
よく、言われる。

『何を言っているのか解り辛い。』

と。
だから、気にはしないけれど。
嗚呼、それにしても、この醜い光は何て強いのだろう!
全てを飲み込み、命を消化し、唯の灰へと還えていく。
そうして幾つの命が消えたことか。
そうして私の大切な人たちの命が幾つ呑み込まれたか。
炎の中に紅い、紅い、スクリーンが生まれる。
そしてそこで、映画が始まる。
そう、唐突に。
唐突に私の脳は、過去を再生し始めた。





雨。
足元に転がる林檎。
それに負けないほど色鮮やかな、巨大な炎。
燃える故郷。
怒声、絶叫、怒り、悲しみ。
そして、絶望。
残った残骸は、風に消えていく。
土へ還されていく。
盛られた土は、埋められた者の死を認めさせる。
添えられた白い花は、二度と戻らないことを意味する。
白い服を身に纏い、命を象徴する緑の髪を払い、雨を、怨む。

「どうして。」

もっと降って。
もっと降って。
そして、あの忌まわしい紅を、消してくれたらよかったのに。
理不尽な要求だと分かっている。
解っているのに。
もっと降って。
もっと降って。
ならばせめて、私の悲しみと一緒に流れて。
私と、残されたもの達と、一緒に泣いて。
涙と雨が混ざって、また、新しい命に変わっていくならば。





「フィーリア!」

映画の上映が途中で遮られる。
紅いスクリーンも、白い映像も消え失せる。
脳内が現実へ戻り、目が目の前の紫を認識する。

「プィル・・・?」
「大丈夫かよ、ずっとぼーっとしちゃってさ!」
「平気。平気だから。」
「そうには見えないよ、ほら。」

私に、雨が流れていた。
あの時よりとても少ない、雨が。

「泣かないでよ。」

寂しそうに彼女が言う。

「悲しみなら、独りで抱えんなよ。」

例え其の悲しみが、私にしか解らなくても。
例え其の痛みが、彼女に解からなくても。
その全ての可能性を包んで、彼女は言う。

「哀しみなら、独りで抱えんなよ。」

炎が、消えていく。
雨が、その量を増した。

「げっ、雨!」

彼女が嫌そうに言って、私の手を引っ張った。

「中、入ろ!」

笑って、私の雨を、指で払った。
その指は炎を抱え、とても、温かかった。
心が温かい涙を流し、私はゆっくりと笑った。





雨が、静かに降る。

眠れ 眠れ
眠れ 眠れ

囁く声は静かに降り積もり。
そして私を沈めていった。

眠れ 眠れ
眠れ 眠れ

誘うは、暖かな彼女の笑みではなくて。

「おやすみ、フィーリア。」

死神が見せる、黒くて紅い、記憶。

「ぁ・・・・あぁ・・・・・・・いやあああああああ!!!」





子守唄が響く。
眠りを誘うように響く。
その眠りは闇の底へ誘って。
また、平穏を失くす。





「眠れ、眠れ。」

死神が嗤う。

「眠れ、・・・・フィーリア。」

死神が笑う。





「君に、安らぎなんて、あげないから。」





+

第四弾、フィーリアとプィルとルーブローダー。
フィーリアの悲しみを和らげようとする、プィル。
それが子守唄、という意味にしようと初めは思ったのですが・・・。
悪夢へ誘う子守唄っていいね!ってことで、こうなりました。
ルーブローダーが生きている限り、フィーリアに平穏はありません。
思い出してしまいますしね。
暗い感じの小説の方が、やはり好みです。←
比喩の練習。

Thank you!