其れは音も無く灰が降る日だった。
あっという間に灰は積もり、自分自身を消してしまいそうだった。
其れは理由も無く彼と出会った日だった。
消えることしか出来ない自分と、消えることを望まない彼と。
何故か、似ている気がして。











危険の森の中心部、其処が、私の城だった。
巨大な白亜の城、薔薇庭園、薄暗い森。
何より、時間狂いの場所だった。
彼と出会ったのは、私がふらりと散歩に出たときのこと。
(私と妹、と表現するのが正しいのかもしれませんが。)
森の外れで、彼は戦っていた。

「−−−−!」
「化け物が!」

彼と戦っている相手が叫んだ。
彼は動じず、其の小さな体躯で重そうな銃器を操った。
相手は、四肢から血を流していた。
それでもまだ動くのだから、相当しぶとい。
彼は無言で、相手の胴体、致命傷にならない場所を狙って撃った。

『頭を狙えば一発なのにぃ。お馬鹿さんねぇ。』

後ろから、囁く声がする。
勿論、誰かは分かっている。
妹、だ。

「アリス・・・。」
『それとも、捕まえたいのかなぁ?』
「きっと、そうだよ。」
『ふーん。』

私だったら、さっさと痛めつけてその場で聞いちゃうのにぃ。
楽しそうに、彼女は言った。

「喋らないこともあるだろうから。」
『そぉ?全部喋らせるけどぉ?』

自信が、彼女にはあった。
私に無く、彼女にあるモノ。
確実な実力と生まれもっての性格から来る其れは、彼女の一部だった。
私の身体に、其れが入るスペースが今は、無い。

「誰だ。」

幼く鈴のような、けれど、しっかりとした声色が響く。
勿論、彼の声だ。
何故なら、相手は既に気絶し、彼が襟首を掴んでいるからだ。
妹はこんな声ではない。
其の上、第三者は今のところ、いない。

「誰だ。」

もう一度、彼が此方を見て言う。
ピンクのような紫の瞳が、自分の瞳を捉えた。
先程とは違い、銀色の小型拳銃の銃口が、此方へ向く。

「失礼、分かっておりましたか。」
「何者?」
「通りすがりです。」

在り来たりな返答だが、同時に、事実を述べてみる。

「散歩をしておりましたら、偶然、貴方方の戦闘に出くわしまして。」
「そうか。」

此方を観察するように睨む、彼。
妹はしきりに嗤ったままで。

「其れは事実のようだ。」

彼が言った。

「だが・・・一つだけ訊ねたいことがある。」

私は其れを了承した。
何処と無く、答えは解っている気がしたから。
彼は、訝しげに言った。

「其の影は、何だ。」

犯罪者を見つけたかのような瞳を、私の背後、妹に向ける。
妹は影だ。
しかし、今まで一度たりとも、其のことを知覚されたことなど無かった。
・・・妹が具現化した時を抜かしては。

「・・・影は、影です。」

妹が囁く言葉を、其の侭返してみる。
案の定、彼は更に眉根を寄せて言う。

「女・・・若いな・・・・・僕はお前に言っているのだが。」

そして、私の視線を外さないように、視線を向けてくる。

「女には言っていない。」

きっぱりと、言い放った。
此れで怒ったのが妹だ。
すぐに具現化し、攻撃を仕掛けようとする。
其れを私が宥める。
妹は最初は渋ったが、何かに気づいて、快く引き下がった。
引き下がると同時に、こう言った。

『・・・・・イイかもぉ。』

そして、紅い三日月形の口を作った。
彼を見遣ると、何となく、何かを感じた。
妹がこんなことを言う時は決まって、”お気に入り”だ。
私が感じた、何か、はきっと、同じ雰囲気だろう。
消えそうな、気がした。
事実、彼の足元の影は真っ白だった。

「過去に、少しありまして。」

私の口が勝手に過去を語りだしたのは、きっと、彼の雰囲気のせいだろう。
今まで出会った中で、彼が最も、私に似ていた。

「−−−−−−−−−、と言うわけです。」
「・・・・・そんなに簡単に影になれるものなのか。」
「そうですね、呪文、あるいは、魔法円陣が必要ですが。」
「成程。」

彼は数秒間を置いて、気まずそうに言った。

「妙なことを訊いてしまってすまなかった。」

少し目線をずらし、雪を見つつ、言った。

「過去を話したくは無かっただろう?」
「いいえ。」

嫌、不愉快、気に喰わない、そういうモノが、私は感じられませんので。
彼に言ったら、少し、驚かれた。

「・・・引き止めて悪かったな。もう、いいぞ。」
「ええ。」

白い地面に、影一つ。
其処に、さく、と足跡が一つ付く。
さく、と足跡がもう一つ付く
さく、と足跡がもう一つ付いたところで、私は彼に訊ねた。

「私も一つ宜しいですか?」

彼は血塗れの相手を引きずって帰るところだった。
彼の足元には、足跡と言うより、抉った跡のようなモノが付いていた。

『ちょっと、どうしちゃったのぉ?』

私が何か疑問を口にすることに、妹は、酷く驚いていた。
其れもそうだ。
私が今まで、何かに対し、疑問を投げかけたことなど、ほとんど無かった。
無気力、無感動、無表情、そうやって生きていくのが、私だと、そう思っていた。
今日の口は、勝手が多いらしい。

「貴方には、何故、影が無いのですか。」

影の質問には影の質問を。

「・・・すまない、僕の方は答えられない。」

軍に関わった以上、僕の能力についても、軍の機密事項だから。
彼がそう言った。
特別、答えが欲しいなんて思っていなかったので、頷いておいた。
(なら、訊ねるな、と口に言いたい。)

「唯、言えるのは、」

彼は無理やり言葉を捜した。
機密に触れない程度の、私に対する詫びの中で。

「僕には影が無いと言うことだ。そして、其のせいで僕は不死身だ。」

”其のせい”ということは、好ましくないこと。
彼は、永遠を望まない、言わば、私と一緒だった。
世は常に流れ、そして、死を避けようとなんてすることは全くもって無意味。
だけれど、避けたくなくても避けてしまった彼。
彼に、常識と言う名の死は、永遠に訪れないらしい。

「哀しい、ですね。」

私が感情を口にした。
妹が、またしても酷く驚いた。
きっと、口先だけで述べただけだから。
”哀しい”、其れは舌の上でざらついた言葉となった。

「・・・そうか?・・・・いや、そうだな。」

其の言葉を言った後、彼は、はっとして、寂しそうな顔をした。

「今日の僕はよく喋る。」
「実は私も、今日はよく喋るのです。」
「何故だろうか。」
「さあ、私には。」
「・・・・・お前は、確か、透明人間だったな。」

唐突に、彼が別の話題をふった。

「ええ、混血ですが。」
「・・・消えられるのか?」
「勿論、出来ますよ。」
「消えることは、寂しくないか?」

例え、実際は其処にいて、自分自身の思考が正常に動いていたとしても。
彼が、目を寂しそうに細めて訊ねた。

「いいえ。」
「そうか・・・確か・・・・・いや、すまない。」
「大丈夫ですよ。」

彼は静かに、まるで、灰に消えてしまう命のように、語りだした。

「僕は、悲しい。自分自身が消えてしまうのが。」

白い灰が、私と、彼に、降り注ぐ。

「僕は、恐い。自分自身が消えてしまうのが。」

灰は無常にも、彼の痕跡を消していく。
彼は上を向いた。

「雪は好きなのだがな・・・何分、足跡を消してしまう。」

雪が積もった後がいい、雪が降らないなら尚いい。
そんな矛盾を、彼は言う。

「溶け始めてしまう頃合になると、完全に消えてしまうのだがな。」

つまり、彼は、雪が降り止んだ後がいいのだそうだ。
しかし、溶け始めるまでに時間はほとんど掛からない。
なんて儚い人だろう、と思った。

「・・・自分自身の跡、が欲しいのですか?」
「ああ。僕には、遺せるモノが無いような気がするから。」

彼には、死が無い。
だけれど、遺せるモノなら何かあるはずでは。
そう訊ねたら、彼は、まあそうだが、と言って、自嘲気味に言った。

「功績とかそのようなモノは遺しても意味が無い。何れ、誰もが其の感動を忘れる。」

私は見た。
彼が、雪に消えるのを。

「−−−・・・。」
「隊長−・・・。」

はっとして瞬きをした後には、彼は、そこにちゃんといた。
しっかりと、色があった。

「自分自身、という何かを遺したいんだ、僕は。」
「・・・自分自身、ですか・・・貴方自身は残るでしょうけれど・・・。」

正直、何を答えていいのか、分からなかった。
彼の欲しい解答を、あげられたら、と思った。
何故か。
それは、彼が私に似ているからだ。
彼の欲しい解答をあげれば、私が欲しい解答も得られると思った。
(とは言うものの、私が何かを欲しいのかすら分かっていない。)
(まして、何を欲しいのかなど、分かるはずもない。)

「・・・度々すまないな・・・今日は謝ってばかりだが・・・すまない。」
「いいえ、私の方もすみません。今日は調子が狂いますね。」

同意、を求めてみる。
彼が其れに同意すると、分かっていて言った。
何故かは、もう、解っている。

「そうだな。本当に・・・。」

白い息が、雪に混じって消えた。

「先程のことは、忘れてくれ。僕も忘れよう。」
「分かりました。」

気絶した相手の、白い頬が目の端に映った。

「ところで、」
「ああ、此れか。気絶していると思ったら、死んでしまっていてな。」

困ったように、彼は言った。

「今日は、本当に調子が狂う。」

そして、ふと、私に小さく微笑んで言った。

「思えば、任務を失敗したのは、其の予兆だったのかもしれないな。」

まるで、私との出会いが、意味を成し、よいモノであったと、言うように。
彼は、其の小さな背を向ける前に、本日最後の質問をした。

「お前、名は?」
「・・・そういえば、お互い言ってませんでしたね。」

よくそれで話が出来たものだ、と、自分自身でも呆れてしまった。
それと同時に、何か、心で伝わったから話せたのではないか、と夢想を抱いた。

「セイレード・ヴェイン・ツェルヴァイリス、ですよ。」
「そうか、綺麗な名だな・・・覚えておこう。」

お前に似合う、と、彼は言った。
其の言葉が雪のように、白く、感じられた。

「貴方は?」
「僕は、クリムゾン・スノウ。言っておくが、クリムゾン、が名だ。」
「苗字が短いのですね。」
「ああ。」

そう言えば、彼の苗字。
スノウ、snow、雪。
嗚呼、雪。
だから、彼によく似合うのか、と思った。

「貴方に、求める答えが見つかりますように。」

私がそう言うと、彼は酷く驚いた。
そして、また、私に小さく微笑んだ。

「お前にも、な。」

今度は私が驚く番だった。
私が欲しいと感じていること、其れが、分かるのだろうか。
私でさえ、分からないと言うのに。
私は何が欲しいのだろうか。
其れを訊ねるには、お互い、余りにも他人であり過ぎた。

「それでは、な。」
「ええ。」

お互い、今度は振り返らなかった。
白い足跡、白い影。
白い足跡、黒い影。
交わることは、もう・・・いや、またあるのだろうと。
何かが、そう例えば雪が、感じさせていた。

『馬鹿ねぇ。お兄様が人に会うなんて、ほとんど無いじゃないのぉ。』

妹が、小馬鹿にして、言った。
それでも、私は。

「そうだね・・・けれど、また、どこかで会いそうな気がする。」
『その時は、私が貰うからぁ。』
「・・・駄目だよ、彼は、君を奪えるから。」
『如何して分かるのぉ?』

はっとして、影を見た。
そして、雪を見た。

「似ている、から、かな。」





お互いに求める答えを出して、お互いが其れを手に入れて。
そして、幸せになれるかなんて、分からない。
きっと、幸福は次に移ってしまうから。

其れは音も無く雪が降る日だった。
あっという間に雪は積もり、自分自身を消してしまいそうだった。
其れは理由も無く彼と出会った日だった。
消えることしか出来ない自分と、消えることを望まない彼と。
何故か、似ている気がして。

世界に臆病な私は、彼に、答えを求めるしかないのだろうと、何処となく感じていた。
(彼は、もしも私と一緒なら、彼も臆病者だろうけれど。)
(きっと彼は、自信というモノがあるから、求める答えが分かるのだろうと思った。)





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第六弾、セイレードとアリスとクリムゾン。
メインは、セイレードとクリムゾン。
儚い雰囲気を持つ二人の出会い。
タイトルに合うように、なるべく内容ではタイトル文を避けて書いてみました。
最後に、使っちゃいましたが。←
”消えること、そして、自分の欲が分からないこと=世界に臆病”
としてみました。
世界を恐れるから消える。
世界に溶け込めないから、自分の欲に気づかない。
そんな感じです。
クリムゾンの方は、彼も、臆病者かと思います。
自信はあっても、それは仕事にのみ。
しかも最近は、何の為に仕事をするのか分からなくなっているので。
求めた先にある答えに、そして、消えることに、臆病、なのです。
と、纏めてみる(笑)。

Thank you!