【魔女】(独:HEXE)
古いヨーロッパの俗信で、悪霊と交わり魔力を得たという女性
悪魔と契約を結んだ者





HEXE





一般的に、其の者が魔女だという確証等何処にも無かった。
それなのに、古代の人間等いうのはどういう訳か、何かにつけて魔女と決め付けた。
そして、処刑した。
そこには男もいたという。
さて、今。
今此処、リヴリーアイランドで、一体どれだけの魔女が存在するだろうか。
魔法を使う者、を即ち魔女とするならば、ほとんどの者が魔女だろう。
そういう世界になってしまったのだ、此処は。
古代の人間がここにいたら、処刑しきれないだろう。
むしろ、危険人物として彼らの方が処刑されてしまうはず。
定義に従って見ると、魔女は、悪魔や悪霊と契約を結んだ者、となる。
そう考えると、此処においてもかなりの少数になると思う。
しかし此処で、悪魔や悪霊についての定義も必要となる。

【悪魔】
「煩悩」や「悪」、「邪心」などを象徴する超自然的な存在のこと

【悪霊】
生きている人間に悪さをする、あるいはそういった結果をもたらすものの概念

結局”悪”なんじゃないか、と簡潔に纏めてみる。
魔法を有し、悪の心を持つ者達。
そう考えると、やはり多数派になってしまう。
悪、の捉え方も人それぞれで、上手いこと纏めることが出来ない。
(私は、全ての者達が悪と考えるのだけれど、ね。)

【悪】
概ね人道に外れた行いや、それに関連する有害なものを指す概念

誰かを殺すのは、悪。
窃盗をするのは、悪。
苦しめるのは、悪。
嫉妬をするのは、悪。
細かく見ていくと、個人の精神まで及び、悪、は全ての人に浸透している。
誰しも、例え赤子であったとしても、善ではなくなってしまう。
(ほら、思った通り。)





「姉さん?」

一見優しそうな彼女でも、悪になり得るのだろうと、少し悲しくなった。

「どうかしたの?」
「いいえ、何でもないわ。」

古代文献(正確に言うと、人の歴史書)を閉じる。
こういうことを考えないで、もっと、気楽に生きていけたらいいのに。
私の興味は、そういうことばかりに向く。
人、が余りにも此方に干渉し過ぎているからかもしれない。

「シュレル、今日は何を作ったの?」

嫌がらせをいつもする、悪(こういうのを悪と言うべきね。)どい彼ではなくて。
妹が作るスウィーツは、あまり甘くなく、美味しい。
ほんのり香る香ばしさに、目を細めた。

「ガトーショコラ、かな。」

今日は上手くいったんだよ、と彼女は言う。
何時も上手くいってるじゃない、と私は思う。

「美味しそうね。」
「有難う。」

こういう小さなことでお礼を言う彼女でさえ、悪になり得るのだと思った。
嗚呼、また先程の話に戻ってしまった。
妹に見えないように、軽く頭を押さえた。
ナイフが鈍く光った。

「美味しいわ、この前より香りがいいのね。」
「有難う。そうそう、この前ちょっと良さそうな材料があってね・・・−」

其の材料の話が、脳内に映らない。
脳に達する前に、妨害されてしまう。
私の、思念のせいで。
一回思い出すと、また、考えてしまう。
苦味は現実に戻さず、鎖のように思考を絡め取って、記憶に戻した。





善、とは何だろう。
悪、の反対であるということは分かる。

【善】
道徳的な価値としての良さ。道徳的に正しい事、多くの人が是認するようなもの。

此れが、全てなのだとしたら。
悪の者達が大勢、何かに是認したら、其れが善となる。
本人の意思は関係なく。
大衆の意志で、決められてしまう。
例えば、窃盗が少数派の中では善だとする。
生きていく為には、必要で。
けれど、大衆は其れを良しとしない。
だから、悪となり、処罰される。
そして其処に、憎しみが生まれる。
(そもそも、そういう環境を生み出した大衆自体悪なのだけれど。)
(まあそれは、大衆からしてみれば、”仕方の無いこと”で悪にはならないけれど。)

ちらり、と妹を横目で見る。
彼女は美味しそうに、食べている。
笑顔で。
この笑顔は、多くの者に良しとされている、と分かっている。
悪どい笑顔(例えば、嘲笑とか)ではなく、綺麗な微笑。
白い、微笑。
彼女は、大衆から見れば、善になる。
神の領域から見れば、悪となる。
(私はどちらから見ればいいのかしら。)
(私は”人”だから、人視点で見ればいいのかしら。)

妹に悪と言うなんて、そんな酷いことはしたくないけれど。
都合よく私も、誰かも、神視点で物事を見る。
都合よく私も、誰かも、人視点で物事を見る。
都合よく視点を変える。
そんな大衆になりたくなくて、物事を一点に絞るならば。
どちらがより狡猾だろう。
神視点?人視点?
神視点で見れば、孤立する。
人視点で見れば、大衆を尊重する。
何故なら、自分を含め、全てが悪だから。
悪に近寄りたくないのだったら、死を選ぶしかないのだろう。
(そうして孤立する。死んだら、独りぼっちだもの。)

嗚呼、そうか。
何かに気づいた。
悪を避けなければよい、と。
人間みたいに、悪を毛嫌いしなければいいと。
だから、この家は、こんなにも悪が蔓延するのだ。
狡猾な者、気づかないフリをする者、無知な者、人嫌いをする者、嘘をつく者・・・−
こんなにもこの家は、悪だらけだった。
だけれど、私も(そして、飼い主も)避けた事は無かった。
”世界”という全てが、悪であったからだ。
”家族”という大衆が、其れを是認したからだ。
もう、其れでしかなかった。





「ねぇ、姉さん。」

はっと気づくと、妹の顔には少し影が降りていた。

「どう思う?」

話を聞いていなかった私は、すぐさま適当な答えを見繕った。

「どう思うって?」
「えっと・・・酷い、とか、哀しい、とか。」
「貴女はどう思うのよ。」

こう訊いて、しまった、と思った。
何故なら、もう彼女が自分の感情を話してしまっている可能性があったからだ。
しかしそれは、運によって回避された。

「そうね、私は、酷いって思う。魔法を使うだけでそんな・・・、」

どきり、とした。
普段そんな風に感じたことの無い私が。
私の体が透けて、彼女に私の心が見えてしまったかのように思われた。
魔女、の話だ。
すぐに解った。

「姉さんは?」

私の答えは、神視点か、人視点か、どちらを使えばよいのだろう。
神視点なら、酷くはない。其れが運命の流れだからだ。
人視点なら、酷い。大衆は其れを是認しないだろう。
(最も、大衆と言っても世界規模での大衆の意味であるけれど。)

「・・・彼らにとっては、其れが正義だったのよ。」

まずは、魔女狩りをした集団での視点で述べる。

「魔法を使う者達は其の地方では、異端だったのでしょう。」

次に、神視点で述べる。
今更だけれども、気づいたことがある。
妹の手にあったのは、私が先程読んでいた古代文献だ。
だから、其の話になったのか。
上の空で彼女が読むことを許可していたようだ。

「けれど、世界から見れば、酷いこと、となるのでしょうね。」

そして、人視点で述べる。
最後に、これは、今考え付いたことだ。

「私は、どうも思わないわ。”仕方ない”と思えばそれまでだけれど、ね。」

妹が複雑そうな顔をする。
別に私を非難している訳ではないと思う。
何故なら、彼女は私をよく知っているからだ。
この世界で、妹として誕生して以来、ずっと。

「でも、少し酷いと思わない?」
「そうね。」
「哀しいわ・・・今ではもうほとんどの人が魔法を使うって言うのに。」

其れは大衆の意見よ、と思ってみる。
貴女の家の中にも、魔法を使えない者が居るでしょう?
と。
其の子が貴女を毛嫌いしていないって思える保障はあるの?
と。
残酷な答えを返した。
妹は、困惑した表情で言う。

「無い、無いけれど。」

そして、しっかりと言うのだ。

「そうは思ってないって、信じてるから。」

あの子のあの笑顔を見て、そうは思えないの。
彼女は言った。
こういう性格が、善、とされているのだろうと思う。
この純粋さが、善なのだと。
彼女は魔法を使うけれど、魔女ではないと思った。

「そう・・・なら、ずっと、信じてあげなさい。」
「分かってるよ。」
「ええ、ならいいの。」

コーヒーカップに口をつける。
この苦さは、私を現実に繋ぎとめた。
悪とか善に拘る、どうしようもない現実に。
ケーキの最後の一口を口に入れる。
この余韻が、難解パズルを解いたような気分にさせ、霧散させてしまった。
もう、それでよい、と。
そう思わせるような、香ばしさだった。

「ご馳走様、また、お願いしていいかしら?」

少しだけ微笑む。
それぐらい、今の気分は軽いのだ。

「勿論!姉さんの為に、頑張るから!」

彼女の笑顔は、心に白い羽根を降り積もらせる。
其の軽さは、重みに加わらない。

「片付けは私がするわ。貴女は座ってなさい。」
「え、いいよ、私もやるから。」
「いえ、いいのよ。私がやるから。」
「じゃあ、二人でやりましょ。」

彼女が先にキッチンへ向う。
私は其の足取りを辿る前に、古代文献を本棚へ戻しに行った。
思考の深みに、また嵌ってしまう前に。

「姉さん?」
「今行くわ。」

階段を下りる足音が、やけに軽く感じられた。





私が、魔女と自覚してしまう前に。
其の文献を奥にしまってしまおう、と。
そんな風に思ったなんて、自覚してしまう前に。
其の文献を奥へ奥へ、善と悪等と言う鎖に縛られたモノを仕舞った。
そうして、また世界へ、大衆へ、神視点へ、縛られて。
個人の視点を、失いがちな生活へ戻るのだ。
(個人の視点は、結局、誰かの視点を基にしているのだけれど。)
(其の個人の視点で見て、継承と言う生に対する悪と契約した”シュリラ”は、魔女よ。)





+

第七弾、シュリラとシュレル。
哲学チックにシュリラ視点で。
魔女なので、とことんグロテスクにしようと思ったけれど、其処から話を深める話に。
シュリラ=魔女でもいけるかと。
イメージ的には死神だけど、此方も中々。
個人視点、大衆視点、神視点。
どの視点でいけば、正しいなんて分からない。
善悪に拘って、広い視野で物事を見れない。
そういうのに拘らない子、というイメージ。

Thank you!


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