(しゅるしゅる しゅるしゅる) おえらいさんのかいたおふだが (しゅるしゅる しゅるしゅる) そらへほどけていくよ (しゅるしゅる しゅるしゅる) おふだがぜんぶほどけたら (にこり) おばけのとりがあらわれる (ぱくり) ひとをひとのみ (ぱくぱく) ひとをたべちゃう (ぎらぎら) めがひかってる こわいとり (しゅるしゅる しゅるしゅる) おふだをもどして (しゅるしゅる しゅるしゅる) じゃないとぜんいん たべられちゃう パンドラの 茜色の空に紫色が掛かる。 烏が不気味に鳴いて、黒い羽根を散らす。 母親が迎えに来るまで、寺の前で子供達が輪を作る。 唄うは、不吉な童歌。 昔から存在していた唄ではなく、最近出回り始めたものだ。 子供達は唄いながら、輪を作った侭ぐるぐる回る。 ふと、其の輪に影が落ちる。 一人のパキケの子供が、大きな瞳を上へ向けた。 其の瞳に、水色の長髪で、後ろを三つ編で縛ってあるケマリが映った。 鳥の子色の無地の着物に、茶色の袈裟。 そして、紅い数珠を掛けている。 お坊さんの恰好なのに、お坊さんらしくなくて。 パキケの子供は言うのだ。 「ねぇ、あなたはお坊さん?」 髪の毛で口元しか見えないケマリは、其の口を吊り上げたまま言った。 「それ以外に何かに見えんの?」 パキケの子供は、お坊さんらしからぬ口調に小首を傾げ、うーん、と唸った。 そして、ううん、と小さく返した。 着ている物がお坊さんの服、だもんね。 パキケの子供は、自分を納得させるかのように呟いた。 ケマリはまるで喉のイかれた鳥のように笑って、 「な、ところでさ、逢月院って此処?」 子供達に訊いた。 (院名が書かれた札が院の門に掛けてあったのに、だ。) 「そーだよ。」 「お坊さんも此処に来たの?」 「そ。巡礼ってヤツ。」 「頑張ってー!」 手を振る子供、手を合わせて拝む子供、どの子供も信じきっている。 お坊さんは、きれいな人だって。 其れを思うと、ケマリは子供達を純粋と思う反面、馬鹿だと思った。 外国の子供は人を信用しないのが多い。 のに、此処ときたら。 呆れて吐いたため息を、子供達は意気込んで吐いた息だと捉えた。 「ああそうそう、さっきの唄なーに?」 そう、子供達に話しかけた目的は別に院のことじゃない。 童歌、此れが気になったのだ。 「ん、おばけのとりの唄だよ。」 「そうそう、恐いんだよ!」 「見たことあんの?」 「ないよ、けど、皆知ってる。」 へぇ、どんなの? ケマリが問うと、子供達は一斉に唄いだした。 (しゅるしゅる しゅるしゅる) おえらいさんのかいたおふだが (しゅるしゅる しゅるしゅる) そらへほどけていくよ (しゅるしゅる しゅるしゅる) おふだがぜんぶほどけたら (にこり) おばけのとりがあらわれる (ぱくり) ひとをひとのみ (ぱくぱく) ひとをたべちゃう (ぎらぎら) めがひかってる こわいとり (しゅるしゅる しゅるしゅる) おふだをもどして (しゅるしゅる しゅるしゅる) じゃないとぜんいん たべられちゃう 聞きながら、ケマリは笑っていた。 いつも笑っているが、其れとは別の笑い。 面白い、といった様な笑顔。 何せ、自分が元なのだから。 恐いようで、けれど、大人からしてみればそんなに恐くない唄。 子供を脅かすために作られたような、陳腐な唄。 それでも、其れを本当の意に訳せば。 そして其れを、目の当たりにすれば。 震え上がるのだろうと、ケマリは笑った。 「ふーん、こえー鳥なんだな。」 キシキシ、怪鳥が鳴いた。 「うん、人を食べちゃうんだからね。」 「じゃあ、そんなのに遭わないよう、おまじない掛けてやるよ。」 これは、ケマリの気まぐれだった。 ケマリは子供達の前で手を合わせ、子供達も手を合わせていた。 そして小さく、短く、何かを呟いた。 「御仕舞い。」 「おきょうってこんなに短かったっけ?」 「お経じゃなくて、おまじないだっての。」 「そうだった!」 子供達が明るく笑って、空に黒が忍び始めた。 「ほら、帰んな。」 「うん!」 さようなら、と丁寧にお辞儀をして、子供達は去っていった。 ケマリは笑いながら、院の階段を上る。 そして、門を叩く。 自分とは違い、髪を剃った小坊主が門を開けた後、ケマリを見て訝しんだ。 「どーも。」 小坊主には、キシキシと笑う其の影が、巨大な鳥のように見えた。 「遠路遥々ようこそ御出で下さいました。」 お世辞はケマリの耳に入らない。 目の前の同種の住職を見て、笑うだけ。 周りの坊主達はひそひそ話し合い、奇妙なモノを見る目で見ていた。 「噂はかねがね・・・−」 「そんなことはどーでもイイからさ、寝るトコてーきょーしてくんね?」 この口調に、住職以下坊主全員が、唖然。 少しの間の後、咳払いを一つして、住職は言う。 「はい、勿論です。すぐに用意させましょう。」 「まー、よろしく。」 ケマリが床へ案内されている、暗い廊下を見遣りつつ。 坊主達はひそひそ言う。 「アレが、例の?」 「例の、だろう。」 「何故あんなのを呼んだんだ。」 「いや、アレでも一応大層な念を持ってるだとか。」 「いやだからと言って・・・、」 「髪も剃らないのか。」 「いやそれどころじゃないぞ、なにせ、」 噂を聞き流しながら、部屋へ入るケマリ。 小坊主は少し震える声で言った。 「お、おやすみなさいませ。」 「おやすみー。」 ケマリは襖を閉め掛けて、あ、と声を漏らした。 くるりと小坊主を振り返って言う。 「あの五月蝿いの黙らせといてくんね?」 其の笑みの凄みに、小坊主は唯、頷くことしか出来なかった。 ケマリは音も無く襖を閉めた。 ふと窓を見ると、外が暗闇でないことに気がつく。 窓から見えたのは月。 そしてこの月が、この院の特徴。 森の木々に遮られることも無く、雲さえ無ければ、何時でも月に逢える。 いや、雲があったとしても。 ぐるりと部屋を見渡す。 いたるところに月の装飾が施されている。 つまり、いろんな意味で、何時でも月に逢える、のだ。 膝を立てて座り、風呂敷から瓢箪を出す。 そして栓を開け、其の侭中身を飲む。 口の中に辛味と甘味が広がり、辺りには芳醇な香が立ち込める。 お坊さんが口にしないはずの、酒。 喉に流し込んで、風呂敷から出した包みを開けて、中身を一つまみ口に放り込む。 小魚を揚げた、つまみ。 ケマリはまるで月見にでも来たかのような雰囲気の侭。 「失礼します。」 小坊主の声が聞こえたが、片付ける様子も無く、どーぞ、と言うケマリ。 入ってきた小坊主は驚き、言う。 「な、何なさってるんですか・・・!」 「ん、月見?」 「お酒はいけません!」 「何で?」 「何故って、坊主だからに決まってるでしょう!」 「ふーん、」 瓢箪の中身を一気に飲み干して、ケマリは瓢箪を小坊主に投げた。 「はい。」 「はい、じゃありませんよ・・・!」 小坊主はつまみを持っていこうとすると、其れをケマリに止められた。 小坊主の腕に伝わる、紙の感触。 本来伝わるはずの肌の感触が、無い。 「それはだーめ。いいじゃん、もう酒ねーし?」 「よ、く、ありませんよ・・・、」 小坊主の腕に食い込む紙、そして、その中にあるであろう爪。 やたらに鋭い爪が、痛覚を刺激する。 「いたっ・・・・!」 「いいよな?」 笑った侭、ケマリが問う。 それに、否、の答えは用意されていない。 小坊主は言う。 「お、さ、酒が無いん、でしたら。」 「もうねーって言っただろ?」 「で、では、どうぞ。」 腕に残る紅い筋。 血が、紙を介した筈なのに、血が出てきた。 小坊主は其れを抑えながら、何も持たずに部屋から飛び出した。 床に転がる瓢箪を拾い上げ、風呂敷へ仕舞う。 つまみはまだ。 ケマリは笑ったまま、札に付いた血を眺めていた。 星がやけに静かな夜。 其れはケマリがこの院に泊まって、早3日経とうとしていた頃。 たった3日で、此処まで人を不愉快にさせる輩も珍しい。 そんなことを考えながら、住職は坊主達の不平不満を聞いていた。 いや、不平不満というより、むしろ、忠告に近い。 「落ち着きなさい。」 静かな声でそう言うも、坊主達は我慢しきれない様子。 一人は腕をまくって見せ、一人は恐怖体験を話し。 ある数名は目撃したことを言い、また別の数名は化け物だと騒ぐ。 「落ち着きなさい。」 もう一度静かな声で言った。 私も来たときから解っていたのだよ、と。 そして住職は、やっと静かになった坊主達に言う。 「何も、他のお坊さんと同じ目的で呼んだわけじゃあない。」 「と、言いますと?」 「私達で、アレを地に帰そう。」 其の言葉の余韻が消えないうちに、坊主達は困惑した声を上げた。 「しかし、噂によると・・・、」 「分かっておる。だからこそ、だ。」 「確かに、住職のお力は絶大ですが・・・・・、」 「私達には仏様がいる。」 辺りが、ゆっくりと鎮まる。 そして、静かな声で住職は続けた。 「アレには仏様は付いていない。だが、私達には、どうだ?」 住職ははっきりとした目の輝きを持って言った。 「ちゃんと、仏様を信じている私達には、付いているではないか。」 坊主達が、おお、と感嘆の声を漏らし、其れに同調した。 そして、私達の手で帰そう、と、そういう志を持ち始めた。 「さあ、仏様にお願いをしましょう、力をお貸し下さい、と。」 手を合わせ、念仏を唱え、縋る坊主達。 其の様子を、細く開いた襖から、ケマリが笑いながら見ていた。 「拝むのは愚者ばかりだな。」 神なんて、仏なんて、いねーよ。 ケマリはそう呟いた。 誰も気づかないが、金色の大仏の頭に、小さくひびが入った。 小坊主は、まだ年若い。 幾ら厳かなことを大切にしていても、まだ、子供。 そして、愚かに勇敢。 小坊主は坊主達と一緒に、アレを帰すことを望んでいた。 そして、自分には出来ると思っていた。 仏様が、いるのだから。 坊主達や住職ではなく、自分が功績を作り、そして、極楽浄土へ近づきたかった。 小坊主は夜、ケマリのいる部屋に忍び込んだ。 そして。 「化け物め・・・!」 一思いに札で封印してしまおうとしたとき。 小坊主は腕の痛みを感じた。 見ると、数日前に付けられた紅い筋。 ふとケマリの腕を見ると、札が貼られていた。 札が貼られているということは、即ち、封印。 ごくり、と小坊主は生唾を飲んだ。 しかし、ある考えを首を横に振って捨て、札を貼ろうとした。 (おえらいさんのかいたおふだが) しかしやはり、勇敢な子供。 此の侭が一番封印しやすいのに、なんだか卑怯な気がして。 正々堂々と封印したかった。 ・・・住職のように。 子供は腕を伸ばし、眠っているか分からないケマリの手の札を掴んで。 そして、 両腕の札を、一気に剥がした。 (そらへほどけていくよ) 寝ていた為に肌蹴た胸の札も、足の札も、一気に剥がした。 そして、距離をとって、構える。 と、ケマリが鳴いた。 (おふだがぜんぶほどけたら) 「ばーか。」 ケマリは怪鳥へと化した。 (おばけのとりがあらわれる) 肘の下からこげ茶に変色し、二の腕に水色の羽毛が生え。 胸は心臓部を中心に茶色の線が広がり、足は鳥のような足になり。 そして、嗤う。 「お前なんかがオレに敵う訳ねーっての。」 小坊主が念を唱える前に、風が小坊主を引き裂いた。 正確に言うと、爪で小坊主を引き裂いた。 (ひとをひとのみ) 其の絶叫に、他の坊主達が集まる。 「これは・・・!」 「やはり!」 坊主達が念を唱えるより速く、駆け。 坊主達が攻撃してくるより速く、引き裂く。 鮮血が舞う。 内臓が踊る。 坊主達は地に伏し、重なり、畳みも壁も紅く染めていく。 怪鳥の白色の着物に、紅い装飾が成されていく。 住職が駆けつけ、念で怪鳥を壁に叩きつける。 しかし、ぺろりと舌なめずりをして、怪鳥は餌に喰らいつく。 邪魔をする坊主達は一人残らず切り裂いていく。 (ひとをたべちゃう) 紅い部屋が、完成していく。 キシキシキシキシキシキシキシキシッ 怪鳥が鳴いて、念を使う。 其の邪の念に、住職が吹っ飛ばされた。 「そんな・・・!」 「おのれ・・・・・!!」 坊主達はもはや、相手では無い。 メインディッシュ目掛けて、駆ける。 坊主達は、行かせまいとする。 「邪魔だっつーの!」 走りながら切り裂いて、背後に紅い飛沫を上げる。 なす術もなく、紅い液体を噴出し、倒れていく坊主達。 赤黒く成りつつある部屋を飛び出し、廊下で待ち伏せていた住職目掛けて飛び掛る。 住職は札を用意し、念で飛ばす。 しかし、怪鳥はそれを、バラした数珠で粉々にする。 其の数珠は其の侭住職目掛けて飛んでいく。 しかし、住職を庇い、坊主達が身代わりになる。 「チッ」 怪鳥が舌打ちをし、生きている坊主達全員を、一気に数珠で貫いた。 坊主達は一様に、傷口と口から血を流して、倒れ伏す。 中には涙する者も。 中には最後まで仏に縋る者も。 そして住職は。 「皆が、」 震える声で言う。 「極楽浄土へ、行けるように。」 強い瞳で、怪鳥を睨む。 「コレを早く、地へ返さねば・・・!!」 皆が報われぬ。 住職はそう言うと、札により一層強い念を込めた。 札が、聖なる金色に輝く。 そして怪鳥は。 キシッ 鳴いて、嗤う。 (めがひかってる こわいとり) 鳴いて、駆け出す。 「愚かなヤツ。」 「それは、お前だ!」 住職は札を、腕、胸、足へ目掛けて飛ばす。 封印を、しなくては。 住職の頬から、汗が垂れる。 (おふだをもどして) 世からこのような化け物を消さなくては。 住職の思いは、必死だった。 怪鳥は、札を上手く交わし、そして。 「キシシッ」 「なっ・・・!」 住職の懐へ踏み込み、住職の顔へ自身の顔を思い切り近づけた。 「ね、何が見える?」 住職が心あって最後に見たモノは。 (じゃないとぜんいん たべられちゃう) 月が綺麗な夜。 明るく照らし出された部屋は紅い。 鉄の香と、大勢の極楽浄土へ行った者達の抜け殻が残る。 (果たして本当に極楽浄土へ行ったのか?其の答えは、否、かもしれない。) 「ばかばっか。」 瓢箪に新しく汲んだ酒を飲んで、つまみを一つまみ。 酒の香と鉄の香が混ざって、心まで酔う。 「仏に縋って、何が見えたんだよ。なぁ?」 廊下で紅い首輪をする住職に向かって訊ねる。 「ま、聞こえちゃいねーか。」 住職の瞳は、堅く閉ざされていた。 「もっと賢く生きれば、死なずにす済んだんじゃねーの?」 ま、どーでもいっか。 そう言って、ケマリは酒をまた飲んだ。 ケマリは、月に向って、馬鹿にしたように呟いた。 「仏なんかに縋っても、なんも助けちゃくれねーっての。」 瓢箪とつまみを風呂敷にしまい、紅い部屋から立ち去る。 其の前に、振り返って言う。 「極楽浄土ってのも、無さそーだな。」 辺りには、苦しそうな顔の抜け殻が残っていた。 闇にケマリは消えた。 逢月院は後に、遭鳥院と名を改めた。 子供達が院の前で輪を作って唄う。 (しゅるしゅる しゅるしゅる) おえらいさんのかいたおふだが (しゅるしゅる しゅるしゅる) そらへほどけていくよ (しゅるしゅる しゅるしゅる) おふだがぜんぶほどけたら (にこり) おばけのとりがあらわれる (ぱくり) ひとをひとのみ (ぱくぱく) ひとをたべちゃう (ぎらぎら) めがひかってる こわいとり (しゅるしゅる しゅるしゅる) おふだをもどして (しゅるしゅる しゅるしゅる) じゃないとぜんいん たべられちゃう 子供達は唄い続ける。 輪を作った侭、酔ったように唄にのめり込みながら。 ぜんいんたべられちゃって まっかなおへやができた 「怪鳥はお前等は食べませんってな。」 + 第十二(?)弾、目隠し坊。 読み方は、”メカシボウ”。 おまじない、は漢字変換すると、お呪いなんですね・・・。 掛けたおまじないは、小説の最後に反転すれば出てきます。 ”お前等は”という呪い、即ち、お前等以外は食べちゃうよという暗示。 小説内で使った、逢月院と遭鳥院、実際にそういう寺が在ったらどうしよう!← 実際在っても、小説内の寺はその寺ではありませんので。(そりゃな パンドラの箱、というタイトル名を小説に使わない方法を練習。 やった!使わなかったぜ!! パンドラの箱、即ち、目隠し坊の札、ということで。 (誰にも解いちゃならないことがある。) Thank you!