僕が真っ白で、君は真っ赤。
君が僕を真っ黒だと言うなら、君は真っ白なのかな。
ならば君と僕は一緒だね。

彼にそう言うと、彼は顔を顰めて言った。

「貴方と私は違いますよ。」





君と僕は裏一体





嗚呼、つまらない。
最近は家にいるとずっと平和だ。
平和なのはいいことだ、と同居人達は揃って言うけれど、実際そう思ってる人って何人いるんだろう。
絶対ルーブローダーはそう思ってないよね。
彼は積極性が無いのかもしれない。
もっと外へ関心を向けるべきだよ。
嗚呼違う、彼はそうだ、”悪意”がないんだ!
それなら仕方ない。
”悪意”が無いんじゃ外へ関心は向かないよね。
それなら紅華はどうだろう。
何時も僕と一緒にいる彼はどうだろう。
彼こそまさに外へ関心を向けるべきなのかもしれない。
彼はおそらく無関心だ。
平和だろうと惨劇が繰り広げられていようと、構いやしないのだろう。
それじゃなかったら、僕の傍になんていられないだろうし。
しかし、やはり外へ関心を向けるべきだ。
彼が僕に関心があるのかはさて置いて、とりあえず彼は何かしら大切なモノを持つべきだ。
(他人のことを言えた義理じゃあないけれどね。)

「ねーえ、紅華ー。」
「何でしょうか。」

静かに読書をしている紅華の後ろから回り込んで、本を隠す。
彼は何時だって話に耳を傾け相槌を打つが、こうでもしないと思考は本へ向くばかり。
僕の話をちゃんと聞いてよー、と言えば、溜息をついて此方へ向き直る。
やっぱり紅華は優しい。優し過ぎるんだ。

「紅華は平和って大切ー?」
「ええ、大切ですよ。」
「ほーんとー?」
「何が言いたいんですか。」
「んー?」

嘘吐きー、と言いたげな視線を投げかけてみると、紅華はまた溜息を吐いた。

「平和の何がいけないのですか。」

彼はまっすぐな瞳で言う。
其の瞳が曇ってることぐらい、誰だってすぐに気が付くのに。

「それくらいわかるでしょー?」
「いいえ、全く。」
「嘘吐きー。」

終に僕は言ってあげた。
紅華ってば本当に嘘付き。
紅華は一瞬戸惑った様な表情(僕にはそう見えたんだけれどもね)をした後、静かに言った。

「何の嘘を吐いているというのです?」
「んー?」
「はぐらかさないで下さいね。」
「紅華だって嘘吐いてるもーん。」
「私は嘘なんか吐いてませんよ。」
「吐いてるー。」
「吐いてませんよ。」
「それも嘘。」

僕はじっと紅華を見た。
彼も此方を見つめ返す。
僕が女の子で、今が愛の告白タイムだったら、どんなによかったか。
残念ながら僕は男の子で、今は嘘の告白タイムなのだ。

「君は嘘吐いてる癖に吐いてないって言って、分かってる癖に分かってないって言って、平和が大切だと思ってない癖に、思ってるって言う。」

責めるような目線を送れば、彼はまた溜息。
幸せがいい加減逃げそうだ。

「平和の何がいけないのですか、と訊いたのは本心ですよ。」
「本当に分からないの?」
「貴方が言いたいことは分かってます。しかしそれを踏まえても、貴方に訊きたいのですよ。」
「なあにそれ。」
「貴方はつまり、つまらないから、大切ではないのでしょう?」

貴方の答えは単純過ぎる癖に性質が悪い。
彼は下を向いてそう言った。
そうかな、僕の心はこんなに単純なのかな。
性質が悪いとは思わないけれど、単純って評価はどうかと思う。
(しかし、実のところ其れで合っているのだ。)

「うーん、そーかもねー。」
「さて、其れを踏まえても尋ねたいのですが?」
「んー?」
「答える気はなさそうですね。」
「んー。」

彼は呆れたように僕を見て、ぽつり、と呟いた。

「しかしそれが私に当てはまるとは限らないでしょうに。私は平和が大切ですよ。」
「ダウト。」
「価値観の押しつけは良くありませんよ、虚白。」

これは押し付けじゃなくて、君の本心じゃないか。
そう言いたいのを抑えて、分かったよ、と返事をしておいた。
僕と一緒に行動してる時点で、もう既に平和を望んでいないこと等、お見通しだよ。
そう言いたいのを抑えて、次の尋問へ移ることにしよう。

「ねーえ、紅華ー。」
「何でしょうか。」

彼は今度は窓の向こうへ視線を向けてしまったので、少し、残念だと思った。
彼の紅い瞳は、僕のお気に入りなのに。

「紅華には大切なモノは無いのー?」
「ありませんよ。」
「ほんとー?」
「強いて言うなら命ですね。」
「自分のー?」
「私の。」
「ふーん。」

何だつまらない。
これは本心じゃないか。
(いや嘘だ。)

「他にはー?」
「ありませんよ。」
「紅華ってば自己愛強いんだねぇ。」

自分のことばかりじゃないか。
そう咎めると、そうですね、とだけ返ってきた。

「僕のことは?」
「大切ですよ、と言えば満足しますか?」
「んー?」

満足なんかしないんだけれどもな。
本当は、本当は。
嗚呼、紅華ってやっぱり優し過ぎるんだよね。
だから。

「僕も君のこと大切だよー?」

これは、ほんと。
(ダウト!)

「其れは嬉しい限りです。」

彼は、”も”について言及してこなかった。
あくまで僕らはお互い大切にし合っている。
僕らの言葉同士がどんなに疎遠でも。
本当に?本当に。

「ダウト。」

どうして壊そうとするかな。
平和が嫌いだからだよ。
そうか、なら仕方ないよね!

「何が、です?」

彼の紅い瞳が此方を向いた。

「嬉しくない癖に。」

彼は何時だって僕の本心を避けている。
それは何時ものこと。
そして僕はそれを見逃してあげなければならない。
それが何時ものこと。
何時ものこと?それってつまり平和なことじゃないか!

「君は何時だって、僕に好かれたくないもんね。」

拗ねたように言ってみるが、彼の表情に変化なし。
嗚呼つまらない。
これで慌ててくれたら苛めることが出来るのに。

「君は何時だって、自分のことばっかり。」

外に関心向けなきゃ駄目だよ。
特に、僕にね。

「君が大切なのは命じゃないでしょ。」

其れを言っちゃあ御終いじゃないか。

「そんなこと当り前じゃないか。」

其れを言っちゃあ壊れちゃうじゃないか。

「君は何時だって平和を望んでなんかいないんだ。」

僕が死ねばいいとでも思ってるの?
そう尋ねると、彼は無言の侭。
怒っちゃったかな?
でも、僕も怒っちゃうよ?
(ううん、ほんとは怒りはしないよ。)

「貴方が死ねば、一体幾人が助かるのでしょうね。」

彼は僕の瞳の中を見続けた侭。
はぐらかしに入ったのかな。

「それでも私は助からないでしょう。貴方が死んでも。」

故に貴方に死んで欲しいということはありませんよ。
彼はそう言った。

「今だけ信じておくよ。」
「ええ、それはどうも。」

他人の気持ちなんて、すぐに変わっちゃうからね。
紅華も、また、例外じゃないだろうし。
そう呟いておいた。
ダウトって言ってるのと同じかもしれない。
我ながらどうしてこんな優しい言い方したのかが分からなくなった。
(きっと紅華が優し過ぎるからだね。僕に飛び火したんだ。)

「平和は望んでますよ。先程も言ったとおりに。」
「何で?」
「それが日常だからですよ。」
「当たり前だから?」
「ええ。当たり前だから、それでいいのです。」

急に非日常が訪れたとして、私には不幸しか訪れないでしょう。
そう彼は言った。

「ふーん、そう。今は納得しておくよ。」

また。

「私が大切なのは、ええ、誰でもそうですが、自分でしょう?命じゃないですか。」
「命なんか君にとってはどうでもいいものじゃないか。僕の傍にいる癖に。」
「貴方の傍にいたからと言って、死ぬわけではないでしょうに。」
「死ぬよ。」

一瞬彼の瞳が驚きを帯びた気がした。

「死ぬよ。」

僕は愉快になって、もう一度言った。

「貴方が殺すとでも言うのですか?」
「そうじゃないよ。でも、確実に死ぬね。」
「そう思うなら、貴方の言うところの悪戯を止めてはいかがです?」
「止めてももう遅い気もするー。」
「ええ、遅いでしょうけれど、怨みの数ぐらいは減らせますよ。」
「無意味な気がするー。」
「そうでしょうね。」

彼は呆れたように溜息を吐いた。
(今度こそ幸せが逃げたね。)

「私は私が大切ですよ。」

それはイコール命じゃないんだってことぐらい、解ってるんだから。

「貴方に好かれるのも、大切に思われるのも、故に、嬉しいと思いますよ。」

それはイコール、
其処まで言って、彼は止まった。
そして此方を恐怖の目で見る。
うん、解ってるよ、解ってる。
僕も同じなんだ。
(嘘吐き。)

「イコール、私が貴方に関心があるということですよ、虚白。」
「どうして?」
「そう実感できるのは、私が貴方に関心が無いといけないでしょう?」
「んー、そうかな。」
「無関心な者から愛を受けて、其れを貴方は感じ取れるとでも?」
「ううん、無理かな。」
「ならば、必然的にそうなるでしょう?」
「んー。」
「何を納得しかねているのです。」
「君の焦り。」

紅華は一瞬だけ、苦痛そうに顔を歪めた。
君は今、苦しいの?
僕は今、楽しいのに。

「貴方はとても真っ黒で意地悪な人ですね。」

苦し紛れに発せられた一言。
でもそれってさ、

「僕は真っ白なムシクイで、君は真っ赤なムシクイ。」

それは当り前のこと。

「君が僕を真っ黒だと言うなら、君は真っ白なのかな。」

ねぇ?と訊くと、彼は相変わらずの無表情の侭。

「ならば君と僕は一緒だね。」

彼にそう言うと、彼は顔を顰めて言った。

「貴方と私は違いますよ。」

いいや、一緒だよ。
君と僕は一緒だよ。
平和なんか望んじゃいない。
日常なんか望んじゃいない。
お互いなんか大切じゃない。
一番大切なのは自分、でも命じゃない。
お互いに好かれたくない。

それでも僕と君が違うって君が言うのはさ、僕がちょっと器用だから。
君がちょっと不器用だから。
僕が積極的で、君が消極的だから。
僕が外に関心があるのに対し、君は無いから。
それだけの違いでしかないんだよ。

僕は解ってる。
解ってるんだよ。





+

スランプ第二号。
微妙に”リセットボタン”と繋がっていたり。
そりゃ翌日に書けばなぁ(笑)。
紅華は自分が大切、でもそれは命じゃない。
保身が一番だけど、命じゃない。
自分の心が、精神が、虚白に喰われるのを恐れてる。
侵食されるのを恐れてる。
それでも臆病ではなくって、唯、消極的なだけ。
虚白も似た感じ。
唯、彼の場合は殺されるのは構わない。
心や精神が紅華に蹂躙されるのを恐れてる。
内面は保った侭でいたい。そんな二人。
いろいろと対照的だったりするけれど、根は一緒。
紅華はそれが虚白にバレたのだと思うと冷や冷や。
バレたら最後、と考えていたわけだから。
思ったよりもぞくりとした快感は味わえず、あるのは唯焦りと苦痛のみ。
虚白は別にバレてもいいけど侵食しないでね、という感じ。
嘘吐きたちの嘘付きばかりの談話。
終末が近い日の話かもしれない。
 
Thank you!