甘栗色の綺麗な髪が靡いた。 柔らかい風が、彼女を、僕を、包んでいた。 白い雲と青い空、穏やかな風、川原が近くにある草原と、一本の大きな樹。 まるで、童話の話のような世界の中に、僕等はいた。 彼女の本が風で捲れ、何処までも何処までも未来を過去にしていく。 彼女は其れを気にしなかった。 僕は其れに手を伸ばそうともしなかった。 彼女の顔を上に見ながら、寝転んでいた。 彼女の後ろの大きな樹と、空と、何より彼女自身が眩しいと思った。 彼女の体温が、まだ、頭の後ろの方で残る。 「ねぇ、結婚しよう?」 どちらかが先に言ったんだ。 どちらかが似たような口調で言ったんだ。 そして、どちらかが微笑んで言ったんだ。 「初めから其のつもりで一緒にいたんじゃない。違う?」 嗚呼、今思い出した。 僕が言って、彼女が了承したんだ。 僕は、そうだよって肯定して、起き上がって、彼女にキスをした。 もっと、夜景とかが見える場所でやった方が、大人っぽかった気がするけれど。 僕は、当時もとても子供っぽかったから。 僕も彼女も照れて、笑って、転がるように寝転んで。 背中の下に敷いてしまった本が、僕の背中を痛くさせていた。 (其れすら、気にならなかったんだ。) もう誰も愛さない。 思い出したキッカケは、何のことは無い、大樹だった。 僕等の思い出の場所は遠く、行き方も彼女しか分からなかったから。 途方も無く彷徨っても、あの場所へ着けた例は一度たりとも無かった。 ふらり、と散歩に出かけ、大きな草原へ出て。 そこで、一本の大樹を見たのだ。 (けれど其処は思い出の場所じゃない。) (僕は昔いた家からも、彼女の家からも離れ過ぎた。) 「サディ?」 いるはずの無い彼女と、かくれんぼを開始していた。 いつも彼女は、僕が目を離した隙に大樹の後ろに隠れ、かくれんぼを始めていた。 僕はいつもすぐに当ててしまう。 (だってね、其処以外隠れる場所なんて無いもの。) 「・・・・なんて、ね。」 自嘲気味に嗤ってみる。 大樹の後ろへ廻ってみても、誰も、いなかった。 勿論、当たり前のことだ。 何故なら、彼女はもう、死んだからだ。 大樹を見上げても、もう、鮮やかな眩しさは感じられなかった。 唯、残ったのは絶望だけ。 彼女はある時から、狂ってしまっていた。 正確に言うと、気が病んでしまっていた。 綺麗な甘栗色の髪の毛が、酷く、傷んでいた。 彼女はすぐに死んでしまったわけじゃない。 僕を想って(と思っておくよ)、現世に残っていた。 愛されることに、僕は嬉しいと感じた、素直に。 けれど、彼女が苦しんでいることに、僕は悲しいと感じた、辛いとも。 何があったかは言ってはくれなかった。 問いただすことも、出来なかった。 彼女は唯泣いて、 「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。」 と。 唯ずっと泣いて、頭を掻き毟って、虚ろな目で僕を見て、言ったのだ。 「汚れちゃって、ごめんね。」 彼女は、ずっと、例えあんなことがあったとしても、綺麗だったのに。 死を引き止めない方が君の為なのかな、なんて思って。 けれど、彼女が生きることを望んで。 矛盾の感情を併せ持った侭、唯、彼女の回復を祈った。 せめて、ねぇ、もう一度、あの空のように笑ってよ、って。 願いは叶わなかったけど。 彼女の最後の顔は、泣き顔だった。 嗤って泣いていた。 ごめんねって泣いていた。 最近はそれしか言ってないよって言ったら。 有難うって言った。 愛してくれて有難うって。 これからも愛してるよって言ったら。 別の人を愛してって言われた。 何でそんなことを言うのって言ったら。 言ったら。 「ごめんね。」 そればっかりだった。 思えば其れは自殺の予告だった。 其れに気づいて、いや違うって否定していたんだ、僕は。 気づいていて、引き止めてあげられなかったんだ。 だって、彼女はあんなにも辛そうだったから。 (ねぇ、けど、解ってるよ。引き止めて欲しかったんじゃないかって思ってるよ。) (どちらにせよ、僕のエゴになってしまうことも、解ってたんだ。) 残ったのは、彼女の遺品と、遺体と、思い出と、絶望。 彼女の笑顔も涙も怒りも声も、そして、何より、目に見える愛も、全部失った。 僕は唯、憎んで、怒って。 誰に対してか、さえ、構わずに、唯怒って、泣いて。 彼女の話を聞いたのは、葬式が終わってすぐのことだった。 彼女のお墓に添えられた白い花は、彼女の笑顔を思い出させた。 周りの人間がいないように思われて、けど、涙はもう涸れてしまったから。 泣けなかった。 帰り道、雨にうたれて。 ふらりふらり、歩いて。 気づかないうちに、知らない大通りに出て。 そこで、聞いたんだ。 『ねぇ、知ってる?その、アレよ、この辺であった・・・−』 一人の女性のリヴリーが言う。 其の事実は、僕を更なる怒りと絶望へと陥れた。 彼女は、不良達に、辱められた? だから、あんなに苦しんで死んだ? だから、”汚れちゃって”なんて言ったの? 答えは、もう、解っていた。 (そういうことって、皮肉にも、すんなり心に入ってしまうモノだったんだ。) 『知ってるわ、それ・・・可哀想に、恋人いたんですって?』 何かを悼むような声を出し、表情を作る、もう一人の女性のリヴリー。 『ええ、しかも、結婚も決まっていたそうよ。』 『何時だったかしら、それ。』 6月、そう、再来週だったんだよ。 虚ろな目線に、そんな言葉を乗せる。 『さぁ・・・嗚呼、もう、本当、可哀想に・・・。』 『其の子、自殺しちゃったんですって!』 もう一人、二人のリヴリーと同年代ぐらいの女性のリヴリーが来た。 買い物帰り、だろう。 餌袋が、其のリヴリーの家族の多さを表していた。 『ええ!?』 『あらまあ!そんな・・・、』 『そりゃそうよ、あんなことがあったんだもの。死んでもおかしくはないわ!』 『だからと言って、ああ・・・相手の子、可哀想にねぇ。』 何時の間にか、彼女から、僕へ、労わりの対象が移っていた。 『そうねぇ・・・そう言えば、今日だったわね、お葬式。』 『そうだったわね・・・・・・ねぇ、あの子。』 一人が、僕に気づく。 そして、僕の目線に気づいて、はっとするのだ。 『あの子、フール家の・・・・、』 『え、その子は自殺したあの子の恋人よ・・・?』 『ほら、あそこ。』 『あ・・・っ、』 悲痛な顔をし、三人が僕を見る。 僕は目線を逸らして、彼女達が見つめる中、彷徨った。 彼女は、彼女は、彼女は。 犯人の不良たちを探すなんてやめなさい。 警備団に任せなさい。 そう言って、彼女の両親、警備団、そして、僕の両親は言った。 聞く耳なんて、持たなかった。 探す上で、僕は、不良とか孤児とかが嫌いになった。 あの無邪気な笑顔の下に、彼女を辱めて自殺に追いやった悪魔の顔があると思うと。 笑っている子供たちを殺してしまいたくなった。 あの仲間とつるんで楽しそうにしているだけの連中が、全員、悪魔の集団に見えた。 殺してしまいたい、と、何時からか、ずっとずっと思っていて。 そして其れを引き止めたのは、彼女の、甘い記憶だった。 ふう、と息を吐く。 何時かのような白い雲と青い空の下、僕は、唯、思い出していた。 思い出して、怒ることも泣くこともせず、唯、虚ろに思うのだ。 またひょっこりと、彼女が表れるような気がする、何て思わない。 彼女の死は、僕の中にこびり付いて、現実と理想と区別をさせていたから。 此処には誰もいない。 僕以外、誰もいない。 それが、思い出の場所と酷似していて、哀しかった。 数ヶ月、本当に数ヶ月後。 神様が僕に味方をした。 (けれど実際のところ、僕は神様のことなんて信じてないんだよ。) (いるなら何故、彼女を苦しめて、僕の元から連れてっちゃったのさ。) 「何かな。」 僕が良家、フール家の子供だと知っての、犯行。 金を要求するのは、汚らわしい不良リヴリー。 其の下卑た笑みが、気持悪かった。 「早くよこせよ。」 「君達にあげるお金なんて無いよ。」 この頃になると、僕は、とことん彼らを軽蔑していたから。 生きる価値も無いよって、そういう意味を滲ませて言ってやった。 「あぁ?痛い目見てぇのか?」 悪党の決まりの台詞を吐き、胸倉を掴みあげようと手を伸ばしてくる、一人のリヴリー。 僕は其の手を払い除け、 「汚らわしい、触るな。」 と。 彼らは一瞬キョトンとし、笑った。 「おー、お坊ちゃまは俺等と育ちが違うなぁ。」 「なぁなぁ良家のお坊ちゃま、貧困に喘いでいる僕等に、お恵みしてくれませんかね?」 そんな敬語を誰かが使うと、彼らの全員が一斉に笑った。 僕はずっと、冷めた目で見ていた。 「嗚呼そうそう。」 誰かが言ったのだ、彼らの終焉を迎えるキッカケの言葉を。 「あの子は死んじゃった?」 あの子。 僕についてあの子は、一人しかいなかったけど。 「俺等が散々可愛がってやった、あの子は如何したよ?」 「オイオイ、やめてやれよ、可哀想だろ?」 「そーそ、お坊ちゃまなんだから、心が弱いんだからさ。」 また、彼らが、一斉にどっと笑った。 彼らは何を言った? 散々可愛がった?あの子?僕のあの子? 彼女を? つまり? 「死んじゃった?」 「あらら、ご愁傷様!」 知ってて言っている。 知ってて、言っているんだ。 彼女が、彼女は、彼らが、彼らによって。 その時、僕の思考の中で、大きな爆発が起きた。 「あれ、泣いちゃってる?」 泣いてはいない、此処に、確かな意志がある。 僕はまず、辺りに彼ら以外がいないか確認した。 そしていないことを確かめ、彼らに見えないよう、嗤った。 「もういいだろ、そんくらいにしとけって。まあいいや、ほら、金出せよ。」 ねぇ、サディ。 君の仇は、討つよ。 安心してね、もうすぐ、地獄に落としてやるから。 「あぁ?コイツ、笑ってねぇか?」 「気でも触れちまったか?」 そうだね、君達は。 『僕の怒りに触れたんだよ。』 君の名をつけた斧が、鈍く光る。 彼らが武器を出す前に、速く、彼らに向って振り上げる。 まず足を、切断する。 一人たりとも逃がさないように。 悲鳴が轟く、もう、誰が来ても構いやしない。 血飛沫が舞う、斧にこびり付く。 悲鳴が耳に残る、耳障りだ。 「さて、と。」 本格的に僕は狂ってしまったかのように思った。 一気に殺してしまえば、それで、仇討ち終了なのに。 僕は本気で、”気が触れて”しまったようだった。 「どうしてやるかな。」 明るい言葉で、彼らに恐怖を与える。 一人たりとも、逃がしてはいない。 足が転がっている、其れは無視しよう。 もう使えないから。 「ちょ、待てって!その、可愛かったから・・・!」 「な、なぁ、助けてくれよ!」 「可愛い、確かに、彼女は可愛かったし、美しかったよ。」 正気が、一瞬だけ戻って、また、狂気へ変わった。 「君達が、手を出すなんて、おこがましいぐらいに、ね。」 まずは、”可愛い”と言った奴の腕を落とす。 一気になんて殺してやらない。 せいぜい苦しめばいい。 腕を一本失って、彼は異形な形へとまた一歩進んだ。 他の奴等が其れを見て、顔を青くする。 「悪かった!悪かったって!」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」 ある者は許しを請うて、ある者は泣いて。 それで、彼女は戻ってくるの? 腕を片方削ぐ、次はもう一本の腕。 片耳を削ぐ、もう片方の耳。 整備されていない土の道路に、血が染み込んでいく。 悲鳴が当たりに溶け込んでいく。 自然と其れは心地よいオーケストラのように聞こえてくる。 そして、僕の心は高揚する。 「ぎゃああああああああああ!」 「ぐああああ!」 「だすけでえぇぇぇ!」 安っぽい悲鳴が重なって、僕の心を満たしていく。 まだだよ、まだ満たされない! もっともっと!苦しんでしまえ! 斧で目を潰して、鼻を裂く、そして顔面を何回も蹴飛ばしてやった。 まだ生きてる、まだ生きている。 しぶといね、けれど、それでいいんだよ。 まだまだ足りない! 腹を割く、但し、筋肉の部分だけ。 斧を脇に置いて、しゃがみ込み、一つずつ内臓を取り出す。 引っ張れば血管なんて切れる。 食道は流石に切らないとまずいかな。 嗚呼そうそう、胃とか腸は最後の方がいいね、臭いって聞いたから。 この過程で、数人がショック死した。 あまりに呆気なく死ぬ為、この数人で此れは止めることにした。 うん、胃腸は確かに臭かったし。 手にこびり付いた血が、どす黒く固まった。 其れが僕の気を更に高まらせ、麻薬のように依存させる。 他の数人は、目を片方ずつ抉り出して、足で潰す。 斧の柄で鼻をへし折って、潰す。 嗚呼そうだ、彼女を苦しめた汚らわしいモノも早く殺さないと。 脱がすなんて気持悪いことはしない、見たくもないし。 ズボンの上から性器を斧で切り裂く、何回も。 ミンチになるぐらい、叩き潰す。 彼らが痛みで絶叫する声が、笑いを誘った。 「あははは、ははははは、あははははははは!!!」 「もうやめろ!お前何なんだよ!気持悪ぃ!」 「もう殺して!殺してくれ!!」 「まださ!まだだよ!まだ足りないよ!!」 僕の怒りは、愉悦は、まだ、満たされないんだ。 一人が自殺しようと、舌を噛み切ろうとする。 仕方が無いので、死んだ奴等から服を剥ぎ取り、口の中に突っ込んだ。 其の上から死んだ奴等のベルトを巻いて、服を吐き出せないようにする。 これで、自殺は防いだ。 しかし、此れで彼の絶叫は聞こえなくなったのだ。 あ、つまらない。 そう思った瞬間、僕は彼の胸を裂き、心臓を足で潰していた。 足の裏に、生々しい感触が伝わる。 顔にまで血飛沫が飛んだ。 他の奴等はもう目が見えないから、何が起きているのか解らないだろうね。 そうやって、苦しんで死ぬように、殺していった。 最終的に、辺りも、彼らも、僕も、どす黒く染まっていて。 (彼らなんてもう、肉塊にしか見えなかったけれど。) 嗚呼、終わったよって、天に手を伸ばした。 晴天の日だった。 結局アレも、自分のエゴだったって気づいた。 そして、自分の愉悦だったとも。 あの日から、あの味を覚えた僕は、次々と、孤児や不良リヴリーを殺して廻った。 文献にも載る程。 そして、警備団と戦って、死が延長されて。 其れが解けないように魔子を殺そうと思って、双子を拾って。 そして、今、此処にいる。 あの、思い出の場所に酷似した場所に。 ねぇ、サディ。 僕は、間違っているんだろうか。 (きっと答えは、当たり前、だろうね。優しい君だから。) 君を苦しめた奴等を殺して、そういうことをしそうな連中を殺して。 僕のような人をつくらないようにって思って。 殺すことが楽しくなっちゃって。 そしてそして。 今、僕は君を苦しめているのかな? 今、君は現世とは違う土地で、僕を見て、苦しんでいるのかな? それとももう、諦めた? 嫌いに、なった? 「当たり前、だよね。」 自嘲気味に笑う。 木陰は涼しく、気温は暖かく、眠りそうだった。 彼女との夢が見られるならいいなあと思う反面。 嫌われる夢を見るぐらいなら、と起きていたいと思った。 ねぇ、サディ。 僕は君以外は愛せないんだよ。 もう、こんなになってしまったから。 僕は、こんなにも汚れてしまったから。 それでも、君は、僕を愛してくれるのかな? (答えは解ってるよ、No、だって。だけどね、) 「見ーつけたっ。」 声が、した。 振り返ると、甘栗色の綺麗な髪が靡いていた。 だけど其の顔には、驚愕、が。 「ご、ごめんなさい!間違えました!」 彼女、では、なかった。 柔らかい雰囲気があるけれど、サディ、君ではない。 彼氏がいそうな感じの子だった。 僕等みたいに、かくれんぼをしそうな、そんな子だった。 「いいよ。」 「本当に御免なさい!」 「いいよ、・・・さて、僕はお邪魔みたいだから。」 さようならって言って。 其の子の彼氏の脇を通り抜けて行った。 今頃、あの子の彼氏が彼女の後ろから抱き付いていることだろう。 分かるよ、だって、僕等もしたからね。 ふらり、と大通りへ出て空を見上げたら、何時の間にか、夕焼けがあった。 其れはひどく紅く、僕に罪を教えているかのような、そんな紅さだった。 サディ、サディ。 僕は君以外愛せないんだ。 僕は君以外もう、愛情の対象に出来ないんだ。 だから、嫌ってくれててもいいよ。 此れは僕のエゴだから。 僕が一方的に愛してるから。 ごめんね、苦しめて。 ごめんね、これからも、愛してるよ。 もう誰も、愛さない。 (君以外、もう誰も愛せないんだ。) + 第八弾、ルーブローダー。 な、長くなった!! これ、SSSじゃねぇ・・・!まあ、いいや。← ”もう誰も愛さない。”で普通は、一切誰も愛さないという感じになるかと。 けれど、ルーブローダーの場合は、サディ以外で、ということで。 勿論、例外が生じるかもしれませんが、未来は不明なので。(あ サディ、はルーブローダーの武器の、バルディッシュの名前でも有ります。 ・・・にしても、悲鳴が安っぽ過ぎた。 だ、誰か重い悲鳴の書き方を教えてくれ・・・!! Thank you!